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  • 執筆者の写真信徳寺

カレンダーのことば 2022年10月

ご法事は 仏法聴聞がご馳走です


 自らにご縁のある方のご命日などで、仏縁に出遇っていく場がご法事になります。その中で仏法聴聞がご馳走であるという今月のことばになります。仏法とは仏さまの教えのことです。一つには仏さまの教え、二つには仏さまそのものが教え、三つには仏さまに成っていく教えという側面があります。それぞれ仏さまがありのままの世界である真理を説いてくださる教えということ、仏さまそのものを伺う中に真理と向き合っていくということ、私が仏さまと成っていく道ということとなります。これらのことを聞かせていただくというのが聴聞です。その手段としてまず挙げられるのが読経です。この世に現れてくださったお釈迦さまの説法である経典や、経典をさまざまに解釈された僧侶方のおことばを通じて聞いていくのが、読経の目的となります。古いインドのことばを漢訳したものを用いていますので、聞いてそのまま受け止めるということはなかなか難しいことですが、さまざまな方法でそのお心を伺っていくのがご法事の目的と言えるでしょう。

 そこでここでは「ご馳走」と表現されています。このご馳走とはどういうことかと言いますと、元々は馬を用い、走り回って食材を集め、おもてなしの準備をしたことが語源となります。そこから豪華なお食事やおもてなしを「ご馳走」と表現し、私に対していのちを賜りいろいろなご尽力を経てお食事をいただけたことに対して、気持ちを表すことばとして「ごちそうさまでした」ということを申すようになったのです。

 では、仏法聴聞に対して、その「ご馳走」という思いをどう向けていくのかと言いますと、阿弥陀如来というお方が私たちのためにしてくださっていることに気づいていくということではないでしょうか。阿弥陀如来は法蔵菩薩という修行者であって頃、生きとし生けるものを皆漏らさず救いたいと願われ、その方法を永遠にも近い長い時間の中で完成されました。その中でありとあらゆる世界の生きとし生けるものの姿を見たと「覩見(とけん)」ということばで表現され、すなわち私たち一人一人のことをわかっていてくださるというご尽力なされたことになります。そして私たちを救うべく苦悩から解き放たれた仏という存在に仕上げる浄土という世界を建立し、そこにすべてのいのちを生まれさせるとご尽力なされました。それから、「名声超十方(みょうしょうちょうじっぽう)」とその存在をありとあらゆる垣根を超えて知らしめる声となってくださるご尽力なされました。これがすなわち「南無阿弥陀仏」です。お念仏称える中に、私たちを見抜き、救う道を完成し、存在を知らしめた阿弥陀如来のご苦労、ご尽力をありがたくいただいていく、そのことを「ご馳走」と表現された今月のカレンダーのことばでした。

住職 小西善憲





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