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  • 執筆者の写真信徳寺

カレンダーのことば 2022年5月

薔薇は トゲのあるまま 美しい

 薔薇は大変美しい花を咲かせます。5 月から 6 月にかけて各地の薔薇園などでその美しい花を楽しむことができます。その薔薇にはトゲがあります。このトゲには自らの身を草食動物の捕食から守るためであるとか、倒れないように他のものに引っかかるためであるとか、その由来にはいろいろな説があるようです。またトゲと認識しているのはある程度大きな存在であるからかもしれません。というのも昆虫にとっては、このトゲは茎の一部であり、全く意味をなさないそうです。昆虫は薔薇の葉や花を食べたりするのですが、受粉の媒介の役割もあるので、全く寄せ付けないわけにはいかないということでしょう。このように薔薇は、生き残るための手立てとして美しい花を咲かせ、茎にはトゲを持つ植物になったわけです。その中で、立場の違いによって見え方が変わるということがわかります。  さて私たちにもトゲがあります。自分の都合、自分中心でしか物事を見ることのできない煩悩性というものがトゲです。以前「いっさいはん」(minchi 作)という絵本を手にしました。一歳半のこどもさんの日常を切り取って絵にしたもので、無邪気に全力で行動するすがたを非常にかわいらしく微笑ましい感じで描かれています。しかし、絵本の中ではかわいらしく微笑ましいと受け止めることができるのですが、実際の子育ての中ではそう受け止められない現実があります。「どうしてご飯を食べてくれないのか」とか「片づけたそばから引っくり返す」とか絵本の中ではこどもの一生懸命に生きているかわいらしくほほえましい姿が、悩みや腹立ちになってしまうことがあるのではないでしょうか。自分というフィルターを通さずに見るのと通して見るのと全然違うものになっていきます。この自分のフィルター、煩悩性が私たちのいわばトゲなのです。  仏様の視点というものは全てのいのちを微笑ましく受け止めてくださるものです。先の絵本のように一生懸命に生きるいのちをそう受け止めてくれています。ですから今の私の姿もそのように受け止めてくれています。絵本に登場する一歳半のこどもの姿がかわいらしく微笑ましく受け止められるように、この私の日常もそう見てくれています。自分の都合、自己中心性というトゲを持っていようとそのままのすがたを受け止めてくださるのです。薔薇と同じようにトゲのあるまま大切に見ていてくださるわけです。仏様の立場からの目線は、そのような目線です。そのことをうれしく思います。  ちなみに仏華にはトゲのあるものを用いないとされます。お経の中に「調伏の所用」とあり、呪術に用いるので辞めときましょうということだそうです。私たちのことをみまもってくださる存在に対してはそぐわないということで避けています。これも全てのいのちをいとおしく受け止めてくださる存在を大切にしていくということから来ているのでしょう。トゲのあるまま美しいすがたにすべてのいのちを受け止めてくださる仏様のお心を伺わせていただきました。




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