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  • 執筆者の写真信徳寺

カレンダーのことば 2022年9月

アミダさまはどちらに? お念仏申せばハイここに


 阿弥陀如来はどこにいらっしゃるのでしょうか。お仏壇の中でしょうか。それともお寺の本堂でしょうか。答えは、どちらも正解です。そして本当はどこにでもいてくださる存在ということになります。今月のカレンダーのことばは、阿弥陀如来がこの私とともにいてくださる存在であることを示しています。

 さて本願寺の第8代である蓮如上人はたくさんのおことばを残しておられます。ご門徒の皆様にできるだけ伝わりやすいようにさまざまなことばや表現方法を駆使して、浄土真宗のみ教えをたくさんの人々に伝えられました。その手段としてお手紙のような形で伝えたものがあり、現在では「御文章」と呼ばれる文として大切にされています。

 そのたくさんある「御文章」の中で、「南無阿弥陀仏」のお念仏を「われらが往生の定まりたる証拠なり」と示しておられます。私たちが阿弥陀如来の浄土に生まれゆく証拠が南無阿弥陀仏だというのです。阿弥陀如来は生きとし生けるものみなもらさず救うと誓い、それを完成させ仏様(如来)となられました。救う手立ては浄土に生まれさせ、苦悩から解き放たれた阿弥陀如来と同じ仏様と仕上げることで、そのことを名となって私たちに告げてくださっているのが「南無阿弥陀仏」です。「南無」は「まかせよ」ですので、「阿弥陀仏にまかせてくださいね」という私たちへの呼びかけになるのです。

 この「名」という漢字は、夕方に視界が悪くなっている中、口から声を出し存在をアピールしたことから、「夕」と「口」が合わさり「名」となったそうです。すなわち「南無阿弥陀仏」は名号ともいい、阿弥陀如来の名のりと受け止めていきます。お念仏として出てくるのは私たちそれぞれの口ですので、自らが称えているように思うのですが、阿弥陀如来の名のりがそのまま口から現れたと受け止めていきます。ラジオが目に見えない電波を受信し放送するように、阿弥陀如来の名のりが届いているという構造になっているのです。

 そういったことから、「南無阿弥陀仏」を今ここに阿弥陀様が活動している証拠と受け止めていきます。口に称える「南無阿弥陀仏」のひびきに、この私を「決して見捨てないぞ、必ず救うぞ」という阿弥陀如来のお心を伺っていくのです。



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