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  • 執筆者の写真信徳寺

カレンダーのことば 2023年1月

更新日:2023年2月15日

あなたに遇えてよかったと アミダさま

 阿弥陀如来という仏さまは十方衆生、すなわちありとあらゆる世界の生きとし生けるものに対して、阿弥陀如来の世界である浄土に生まれてくれよとおっしゃいます。また浄土に存在するものは、苦悩から解放された目覚めたものであるという「仏」しかいないようにしたとおっしゃいます。この二つの仰せを受け止め、阿弥陀如来は浄土に生まれさせ苦悩から解き放たれた「仏」と仕上げる存在であるといただき、この仰せにまかせていくのが浄土真宗のあり方となります。そこで、この十方衆生への仰せを自らのところに引き寄せて考えると、たった一人の私への呼びかけとなります。阿弥陀如来の側から見れば、たった一人のあなたへの呼びかけとなります。十方衆生への呼びかけは他でもなくあなたを救う呼びかけであり、私をお救いくださる呼びかけであるのです。だから今月の「あなた」ということばにつながるのです。

 さて子が母親のことを「お母さん」と呼ぶことがあります。これは子が自ら一人の人間を母親と認識し、「お母さん」と呼ぶのでしょうか。いや、そうではありません。先に母親の側から「お母さんですよ」と絶えず子に対し語りかけ続けた結果、いつの間にか子がそのことを疑いなく受け止め「お母さん」と呼ぶようになったと考えられます。この構造を昔から阿弥陀如来と私たちの関係性と例えられます。阿弥陀如来が先のような呼びかけを「南無阿弥陀仏(阿弥陀にまかせよ)」と行い、私たちは「南無阿弥陀仏(阿弥陀におまかせします)」といただいていきます。母親が子に呼びかけるように、「南無阿弥陀仏」と呼びかけていると伺うのです。

 信徳寺における月忌参りでお勤めする「讃仏偈」の一節に「仮令身止 諸苦毒中 我行精進 忍終不悔」というものがあります。阿弥陀如来が修行中の決意を表したことばで「たとえ諸々の毒のような苦しみの中に身をとどめようと私の行に励み、じっと後悔することなく成し遂げてみせよう」という意味となります。この毒のようなという表現に思うことがあります。以前こんな話を聞きました。胎内にいる子が病になり、母が薬を飲んで胎内の子に効かせるということでした。薬は病に対しては薬ですが、そうでなければ毒となります。すなわち母は毒を飲み胎内の子に薬として効かすのです。私はこの「讃仏偈」の一節のような出来事だと感じます。阿弥陀如来は私たち一人一人にそのようなまなざしを向けているのです。そのことを感じることのできる今月のカレンダーのことばでした。

住職 小西善憲


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