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  • 執筆者の写真信徳寺

カレンダーのことば 5月

4月よりご門徒の皆様にお配りしている直枉会カレンダーの

毎月のことばの解説や味わいをお参りの際に配布することにしました。


今月は「親も子も 如来さまに願われたいのち」です。

浄土真宗では阿弥陀如来という仏様を大切にしていきます。

阿弥陀如来は生きとし生けるもの全てを救うという願い(本願)をおこされ、

その方法を完成した仏様です。

いのち終えた後にお浄土に生まれさせ苦悩から解き放たれた仏に仕上げることで救う、

そんな阿弥陀というものがいるからまかせてよという呼びかけが

「南無阿弥陀仏」のお念仏です。

だから「南無阿弥陀仏」は願いがはたらき、

力となって私に届いている証拠と受け止めていきます。

称えるから届いているのではなく、届いているから出てくるのだと受け止めていきます。


以前こんな話を聞きました。

コロナ禍で実家に帰省できなくて、

実家をインターネットのGoogleストリートビューというもので

見ようとした方のお話でした。

ストリートビューというのは地図上から街の光景を画像として

見ることのできるサービスです。

その方が実家の画像を見ると玄関前に

7年ほど前に亡くなった父親の姿を見ることができました。

そう言えば、いつも門のところで一服していたと懐かしくなったそうです。

そこで、一体父親は何をしていたのだろうかと思い、

少し離れた場所の画像を見たところ、歩いている母親の姿が見えました。

画像が撮影された時間と合わせて、

これは母親が孫を幼稚園に迎えに行っているところを

父親が見守っている姿であったことに気づいたそうです。

寡黙な父親であまり多くは語らなかったけれども

いつも何気なく見守ってくれていた姿を思い出し、

妻である母親のことも、孫も、そして自分のことも見守ってくれていた、

優しい父親だったことを思い出して胸が熱くなったそうです。


阿弥陀如来は生きとし生けるもののいのちを救うと立ち上がったお方です。

そのために「南無阿弥陀仏」のはたらきとなり、

この口に出てくださる、このいのちにご一緒してくださる存在となってくださいました。

この私を願っていてくださる、思いをかけていてくださる、

見守っていてくださるお方でありました。


最近、子どもたちが手を合わせ「南無阿弥陀仏」と申してくれます。

(弟は「まんまん」ですが…)

実際には大人の真似をして大人がよろこぶから申してくれているだけかもしれませんが、

私はここにも阿弥陀如来の願いがしっかりと届いてくれているのだと受け止めています。

だって私は一生子どもたちと一緒にいることはできません。

必ず別れていかねばならないいのちを生きています。

しかもどちらが先か後かもわからないいのちです。

そんな定かでないいのちを生きる私たちに

「必ず救う、私にまかせてね」と願いが力となって届いてくださる

阿弥陀如来がいるということを伺う、今月のカレンダーのことばでした。


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