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  • 執筆者の写真信徳寺

2020年11月「掲示板のことば」

いのちの 

自己ベスト 

おめでとう

 この言葉は以前に見た元プロテニス選手の松岡修造さんのインタビューに影響されて作った言葉です。そのインタビューは2018年に行われた平昌オリンピックでのことでした。女子フィギュアスケートに日本からお二人出場されていて、その内の一人が宮原知子選手でした。その宮原選手の競技の結果が4位というものでしたので、私も見ながらメダルに届かなかったなと少し残念に思いながら見ていました。おそらく大多数の方がそのような思いを持って見ておられたのかも知れません。というのも競技終了後のメディアのインタビューで、最初の声かけが「宮原さん、残念でしたね、惜しくもメダルに届きませんでしたが…」というものばかりでした。私もその言葉に全く違和感を持たずに見ていました。そんな中、松岡修造さんがインタビューされる場面になりました。すると開口一番熱くこう言うのです。

 「ショートフリーで自己ベストを超えた、この大きな舞台で。

  本当、おめでとうと言いたい。」

この言葉を聞いた時、松岡さんは宮原さんの結果ではなく、宮原さんの頑張りを見ていたのだと気付かされました。私は4位という結果を見てメダルを取れなかったことを残念に思うような、メダルを取ることにしか、目にわかる結果を残すことにしか価値を見ないという目線でしたが、松岡さんはこの大きなオリンピックという舞台で自分自身の持てるものを最大限に出した、目に見える結果だけでなくその人そのものの頑張りに目を向けた目線でした。比べて見るのではなくその人そのものを見ていくような目線でした。その目線に気づかされた時、誰かと結果を比べて見られるより自分自身そのものの頑張りを見てくれる目線はありがたいことだろうなと思わされました。

 ほとけさまの目線は、一人一人を比べることなく大事だよと見てくださる目線です。松岡さんは関わる人をそのように見てくださるかも知れませんが、生きとし生けるものというと難しいかも知れません。しかし、ほとけさまは誰彼問わず、そのように見てくださいます。例えば、私のいのちについてもこう見てくださっているかも知れません。私たちのいのちはいつ何時終わるか、老少不定、すなわちお年寄りであろうが若かろうがわからないいのちを生きています。一瞬先はわからないいのちです。そのことを別の視点から考えますと「今」ということを意識した瞬間に過ぎ去るこの一瞬は私のいのちの自己ベストを更新し続けている瞬間です。だから常に「いのちの自己ベストおめでとう」と私のただのいのちの営みに価値を見てくださる目線を持たれているのではないでしょうか。そのような目線の中に私たちのいのちはあります。お互い様、自己ベストを更新し続けている頑張りの中に、認めあうことのできる世界に気づかされたことでした。




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