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  • 執筆者の写真信徳寺

2020年6月「掲示版のことば」

更新日:2020年9月23日

運命よ そこをどけ 私が通る(マイケル ジョーダン)

Out of my way. your fate. I'm going through.

 人生には様々な出来事が起こります。その中にあって私たちは、どうしてこんな目にあうのかという思いを持ってしまう、つらく厳しい出来事と向き合わねばならないこともあります。そのような状況をどのように受け止めていけばいいのでしょうか。

 近藤岳登さんという元プロサッカー選手がいます。25歳にプロとしてのキャリアをスタートさせ、最後はプロリーグを目指すチームでキャリアを終えていきました。その最後のチームに行く前、膝の半月板を怪我します。その際、怪我をした半月板の状態云々より膝の軟骨がすり減っている事実が判明し、これ以上サッカーをすれば日常生活に支障をきたすような危険な状況であると診断がくだりました。その中でも現役生活を諦めず、世界初のプロスポーツ選手における膝軟骨再生手術を受け、最後となったチームで何とか活躍するために努力をしてきたのですが、結局最後はチームから戦力外通告を受けてしまいます。その際、近藤選手が出したコメントがバスケットボールの神様マイケル・ジョーダン氏の「運命よ そこをどけ、俺が通る」を引用したものでした。サッカーをさせてもらえるチャンスを与えてもらい、手術の費用も負担、様々なことを応援してくれたチームや、復帰を信じて応援してくれたサポーター、最後まで選手として扱ってくれたスタッフ、高みを目指し続け、ともに戦ったチームメイトなど周りの人の様々な思いに支えられて今があるということがひしひしと感じられるコメントと共に、その思いの支えの中にあっては、何事もこの私を妨げるものではなく、まさしく「運命よ そこをどけ」と生きていける思いを表現した近藤選手のコメントでした。

 このように思いに支えられる中に眼前にある苦悩に妨げられない世界があるのではないでしょうか。苦悩が消滅するわけではないですが、うまく付き合うことができる、それが苦悩に妨げられないあり方です。

 私たち浄土真宗は阿弥陀様のあなたを必ず救う、決して見捨てませんという願い思いを聞く、その受け止めていく教えです。その救いは条件をつけず、論功行賞のような救いではありません。どのようないのちであろうと関係ない、この阿弥陀が必ず救うからねと、その願いの中に苦悩の多い人生を歩む力を賜るのではないでしょうか。




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