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  • 執筆者の写真信徳寺

2020年9月「掲示板のことば」

更新日:2020年9月23日

ほとけさまは やさしい −ほんとうのやさしさ−

 仏教の大切なところに、私たちの視野をひろげたり、視点が変わるということがあり、それによって心が楽になっていく世界がひらけたりします。仏教の教えは、身も蓋もない厳しい指摘であったりします。例えば、苦しみの原因は私の煩悩にあります。言い換えれば、私の自己中心性にあるということです。「こうであるべき」「こうであるはず」という自分の都合や自分の作り上げたイメージを脅かされるところに苦しみということが出てきます。「苦しみの原因は、他でもないあなたです」ってことばは、本当に厳しいおさとしでありますが…。

 先日、お笑い番組を見ていましたら、こんなシーンがありました。若手の芸人さんが、必死になって笑いを取ろうといました。しかし過度のプレッシャーで間を外しうまく立ち回れませんでした。失敗した、チャンスをつかめなかった、場の空気を悪くしてしまったなど冷や汗をかきドキドキが止まらない状況に対して、お笑いコンビ「ずん」の飯尾さんが、「〇〇くん、ドキドキしてる?それ、生きてる証だから」と言い、その場は笑いにつつまれ、和んだ雰囲気になっていきました。

 飯尾さんのことばによってその場が救われた以上に失敗した若手芸人さんの心が救われたのではないかと感じました。私たちは生きていく中に勝手にイメージを膨らませ、自らを縛りつけるようなところがあります。この芸人さんもチャンスを掴まなければ、笑いを取らなければという中にうまくできなくてどうしようもなくなりました。その状況は勝手に「しなければ」という思いを膨らませ失敗した結果であり、そこの緊張状態を単に生きてる証と言い切ることばにやさしさを感じずにはいられません。おそらく飯尾さんは若手芸人さんと同じような経験をされ、どういう心理状態か、どのような流れでそのような状況に陥ったのか、全て分かっておられたのでしょう。その中で全ての虚像を取っ払った本当のことを指摘するだけで、笑いもとり芸人さんの心を救うことばが「それ、生きてる証だから」でありました。頑張りも失敗も受け止めてくれることばです。

 仏様は私たちの有様を見抜いています。知ってくれています。わかったうえで「苦しみの原因は他でもないあなたです」っておっしゃります。しかし自己中心性を離れて生きたくともそう生きることができないのが私たちであります。それ故、結局苦しみから逃れることのできない、このいのちを生きざるを得ません。そんな悲しい生き方しかできない私たちであると見抜いてくれています。だから、あなたがどんないのちであろうとも大丈夫と受け止めてくれます。煩悩を持って生きざるを得ない私を受け止めてくれるのが阿弥陀様という仏様です。私たちの頑張りも失敗も全部わかって受け止めてくれる存在です。どこか遠いところにおられるのでもない。はたらきとなっていつでもどこでも誰にでもご一緒の存在です。南無阿弥陀仏は「そんな阿弥陀がいるよ」という呼びかけのことば、むしろ阿弥陀様そのものと受け止めていきます。南無阿弥陀仏、私の頑張りも失敗も苦しみも全て受け止めてくれるお方がいらっしゃるんだな、よかったよかったといただくことです。





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