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  • 執筆者の写真信徳寺

2021年4月の掲示板


咲く花もいのち 咲かぬ花もいのち


 4月に入り、メディアでは花が咲いたというニュースがよく聞かれるようになりました。花が咲くというところにお経の一節を思い出します。仏説阿弥陀経というお経に、「青色青光 黄色黄光 赤色赤光 白色白光」という一節があります。阿弥陀様の世界、お浄土に咲く花は、それぞれの色でそれぞれに輝いているといういのちの輝きを表した箇所です。そのことを伺ったときに思い出したのが、童謡の「チューリップ」でした。「ならんだ ならんだ 赤 白 黄色 どの花見てもきれいだな」という一節に、阿弥陀様のすべてのいのちを大切にしていく目線を重ねたのですが、最近気付かされたことがありました。

 近年、信徳寺でハスを植えています。ハスは株分けをして増やしていくのですが、お寺仲間からいただくことも多いです。以前、いただいたハスの株が「今年は咲かないかも」と渡されたことがあります。株が小さく花をつけるほど今年は成長しないだろうということでした。1年経ち、2年経ち、それでも花をつけませんでした。しかし、ハスは泥の中でしっかりと大きくなっていました。一生懸命にそのいのちの歩みを進めているのです。そのことを思うと、「花が咲く」という結果に目を向けているのではなく、「生きている」といういのちの歩みそのものに目を向けることが大事なのではなかろうかと気付かされました。そこに「いのち」が生きているのです。そして童謡の「チューリップ」も、そして阿弥陀様のすべてのいのちを大切にしていく目線も、実は花が咲いた結果に目を向けているのではなく、「いのち」そのものへの目線ではなかろうかと気付かされました。

 阿弥陀さまをはじめとして、ほとけさま方は私たちを大切に思うお慈悲のお心をお持ちです。「慈悲」の「慈」は「いつくしむ」ということで「大切にする」という意味合いがあります。この「慈」という漢字は植物が育つ様子から作られた漢字だそうです。その「慈」の思いの中には結果は関係ありません。どのようないのちであろうと大切にしていくというお心がそなわっています。その目線が、この私にも注がれているのです。

 先ほどのいただいたハスは、数年経つのですがいまだに咲いていません。咲こうが咲くまいがそこにいのちの歩みがあります。その目線をお互いに大切にしていきたく思います。



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