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  • 執筆者の写真信徳寺

2022年12月の掲示板

更新日:2023年2月15日

あなたにかわりはいない わたしにかわりはいない


 仏さまは生きとし生けるものに対して平等にお慈悲のお心を届けてくださっています。その境地を一子地(いっしじ)と言います。浄土真宗の宗祖である親鸞聖人は、「三界の衆生をわがひとり子とおもふことを得るを一子地といふなり」と示されています。すなわち平等のお慈悲のお心により生きとし生けるもの一人一人をまるでたった一人の子であるかのように思う心を得る境地のことです。あなたはたった一つのかけがえのないいのちなんだよと見てくださっているのです。そのような心が届く中に、自らの居場所のようなものを感じることができるのです。

 私たちは社会生活を営む中に「こうでなければならない」という思いが湧いてくることがあります。例えば、最近は健康寿命という単語をよく聞きますが、そのようなテレビ番組やコマーシャルを見ていると健康で長生きしなければならない気になってきます。そしてそのことが一般的に当然なこととして受け止めているような気がします。しかし、一旦病気になってしまえばその「こうでなければならない」が難しくなるのではないでしょうか。調子のいい時は「こうでなければならない」でもいいのでしょうが、一旦つまずいてしまうとそうもいきません。自分だけが取り残されていくような、社会全体の方向性に漏れたような孤独感を味わうことになるのではないでしょうか。健康云々に限らず、会社や学校や家族や人生の様々な場面でこのようなことは往々にして起き得ることです。本当は私たちが勝手に「こうでなければならない」というものを作り出しているだけでしかないので、そこの執着心を手放していければそのギャップが生み出す苦しみからは解放されます。しかし、それを実行しづらいのが社会生活に生きる私たちではないでしょうか。

 だからこそ、一人一人をかけがえのないいのちと見てくださる眼差しをありがたく思います。比べなくてもいい、こうでなければならないということのない、そんな眼差しです。その中に「わたしにかわりはいない」とそのかけがえのないいのちを尊く受け止めていける居場所をたまわります。一人一人に「あなたにかわりはいない」とお心を届けてくださる一子地という仏さまの境地から、世間を生きる中に居場所を見つけていける一つのあり方を大切にしていきたいものです。

住職 小西善憲



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