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  • 執筆者の写真信徳寺

2022年4月の掲示板

私が変わる 世界が変わる


 4月を迎えます。節目を迎え、生活が変化する方も多いのではないでしょうか。新たな生活を迎える中に私が変わると世界が変わるということを心の片隅においておきたく思うのです。

 最近、世界情勢を鑑みるに自身の無力感を覚えることが多くあります。情報がたくさん伝えられる時代において、戦争という現実は私たちの心に色々な影響を与えています。人の尊厳が無惨に奪われる場面をたくさん目にする中に、いったい私には何ができるのだろうかと思い悩んだり、安全なところにいながらあれこれ考えることを心苦しく思ったり、日常を享受することに罪の意識を覚えたりしています。なんか心のどこかに引っ掛かりを覚えながら、日常を過ごしている気がいたします。また、本当は今までも他者の尊厳が奪われている現実はあったのにも関わらず、見ないように聞かないようにしてきた自分の都合中心のものの見方の私に慚愧(ざんぎ)の念が沸きあがるのですが、それもすぐに目の前の日常に消し去ってしまう、本当にいい加減な私です。本当に無力な私です。

 さて、私が変わると世界が変わります。なぜかと言えば、「唯識(ゆいしき)」という仏の教えから見ると、世界とはあくまで私が見ている世界だからです。そのことを思い出すのが1999年に公開されました「マトリックス」という映画です。このお話は機械が支配する世界で人間は動力源として扱われる中で、仮想の現実を見せられてそれを本当の現実として生きている(生かされている)ことから、本当の現実に気づきその支配から脱却していく人間の機械へのレジスタンスの物語でした。この中で人間は何の疑いも持たず、仮想の現実を本当の世界として生きていました。すなわち見えている現実が私の現実であり、全てであるということを表現してあったのです。

 ということは私が変われば世界が変わるのです。そしてここにおける変化は、薫習(くんじゅう)という変化とされます。煙で燻され徐々に香りが染みつくように、本当に少しづつ変化していくのです。私がそのように変化していき、世界も変化していく。無力感の中でも、これだけは私ができることではないでしょうか。途方もないことではありますが…。

 私は仏教徒ですので、完璧な存在である仏様を、影響を与え薫習という変化をもたらすものとして仰がせていただく中に、この時代を生きていく力をたまわるばかりであると改めて感じることでした。




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