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  • 執筆者の写真信徳寺

2022年9月の掲示板

今日を ていねいに 生きる


 先日のことでした。朝のテレビ番組を見ていると、ウクライナの取材をしている記者の方がラーメン屋に並ぶ姿など市民の日常を紹介されていました。その中で印象的だったのが、このように日常生活を送ることが戦争に対する抵抗と受け止めておられたことでした。それぞれの日常を保つことに誰にも脅かされないそれぞれの権利を示しつつ、強大な国家の暴力に対する抵抗を表現している姿ということでした。何のさまたげもなく日常を享受することの尊さを改めて感じることでした。

 そこで「ていねいに生きる」ということばを思い出しました。このことばは住職がお手伝いしていた浄土真宗本願寺派の研修所で、教育主幹として職についておられた丘山願海先生がよくおっしゃっておられたことばです。先日の4月にご往生なされたのですが、2年間研修所にてご一緒させていただきました。いつも住職に対し気さくに話しかけてくださるのですが、お会いするたびに、「今日は何か感動したことあった?」と質問をされるのです。それに対していつも考えるのですが、これということが出てきません。それほどに日々ルーティーンをこなすだけになってしまっているのか、本当は心動く出来事があったはずなのに気づかずに過ごしているのか、少しもったいない時間の使い方をしているのかもしれません。

 私たちの「今」は「今」と意識した瞬間に過ぎ去ってしまいます。一瞬一瞬かけがえのない時です。また私たちのものの見方はどこまで行っても自分中心です。見えるもの感じるものそれら全ては私の意識に現れたものです。目の前にいるあなたは私の意識に私なりに投影されたあなたです。一瞬一瞬、そのように構成された世界を生きているのが私たちです。だからこそそのそれぞれの世界は尊ばれるべき尊厳を持たなければなりません。日常を享受するということは一瞬一瞬構成される私の世界を、お互いに尊厳を持って認め合っていく世界です。そのお互いに認め合う世界は、感動に満ちていると思います。そこに気づかせていただいたことばが、「ていねいに生きる」でした。

 先生と最後にお会いした時、ちょうどロッテの佐々木朗希選手が完全試合をした次の試合の登板の日で、続けて完全試合をしそうになっていることに子どものような笑顔でウキウキとお話されていたことを思い出しました。ありとあらゆることに素直に感動していく中に、すべてのいのちが手を取り合うことのできる世界が恵まれてくる気がいたします。




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